自分のために頑張れる人、他人のために頑張れる人

最近、名前をMARIからマリグチに変えるか悩んでいるMARIです。

クライアントさんと被っちゃうんですよね、名前がね・・・

ま、それはさておき、

今日のテーマは

「自分のために頑張れる人、他人のために頑張れる人」

についてです^^

GIVE&TAKEという有名な本にもありますが、
基本的に私たちが目指す在り方は、

「自分が満足できる状態で
相手に与えまくれてるっていう人」です。

だけども、その状態って極めて稀な状態、
ではないでしょうか。

このバランスの取り方って
すごく難しいと感じませんか?

というのも、
私たちは、一旦通らないといけない
プロセスがあるんです。

ソクラテスの名言にもある通り、
悪妻を持たば哲学者にならん

ということで、

ある程度哲学しとかないと

「私もあなたもwin-winの状態」に
持っていけないんですよね。

わかりやすいのは、自己犠牲です。

自分のためにはお金を出せないけど、
子供のためには惜しみなくお金を出せる!!

みたいなタイプの人とか。

料理を作った時、
出来の良いお皿は自分よりも
旦那さんの方に出す人とか。

なんか、すぐ想像できませんか?

自分より彼の予定を優先させるとかも
そうですね。

こういうタイプの人は、
自分なりの哲学を持つ絶好の
チャンスが到来しているわけです。

自己犠牲により、

副次的に波及してしまう
デメリットは何か?ということに
直面できるチャンスってことです。

子供のために
一生懸命働いてお金を稼ぐのは良いけど、

結果、その子が大人になってから
「お母さんが家にいなくて寂しかった」から
ニートになるとか。

素敵な妻になりたくて
旦那さんの意見を優先するあまりに
ストレスが溜まり、
ヒステリーのエネルギーが家族に蔓延するとか。


本人は自覚しませんが、

巡り巡って我慢のエネルギーが溜まると
必ずどこかで発散されます。

それが大切な人に攻撃という形で
発散されることも、もちろんあります。

現実がそうであると、
本人としてはとても辛いはずなんです。

私も、こういう体験はよくしてきました。

自分が幸せな家族を作りたくて、
パートナーシップを駆け出しで
教えていた時に結婚したのは良いものの、

離婚する時には悩みました。

幸せ夫婦って外では見せてるのに
私、結婚を間違えた!

どうしよう!
離婚するしかないんだけど・・・?

って思った時、
随分葛藤しました。

でも、こういう葛藤がないと
哲学って進まないんですよね。

自分なりの腑に落ちる理論がないと、
どうしてもぐずぐずしてしまう。

で、一度腑に落ちたら
もう元には戻らないどころか、

一気に成長します。


過去の自分を簡単に
教育できるようになります。

そして、「私もあなたもOK」の

お互い幸せな在り方に
シフトしていけるんですよね!

今書いたのは
自己犠牲の人が成長するパターンですが、

それとは逆で、
もし、最初から自己犠牲を知らず、
自分のために頑張れる人であったとしても、

結局この社会の大多数は
自己犠牲の在り方で成り立っているので、

遅かれ早かれ、人から理解を求められます。

そうじゃなければ
仕事もプライベートも楽しめないから。

私もあなたもOKという感覚が
当たり前という絶対数が世間的には少ないからね。

自己犠牲とは?という理解と、

自分を満たすとは?という理解。

両方必要ということです。

そして、私たちはどのように
成長していくのか?ということも

一般論でなく自分の人生経験で
腑に落としていかないとね。

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